独身男性は孤独なのか?

はてなブックマークで話題になっていた「独身男性の孤独」というタイトルの記事(ツイートのまとめ)を読んでみた。

何だか興味深かったので、そのツイートとそれに対する私の考えをまとめたいと思う。

ツイートのまとめは以下のサイトに記載されている。

https://togetter.com/li/1390947

どうやら独身男性というのは、「不気味な生物」であるらしい。何しでかすか分からない、どこか攻撃性を含んだ存在感を示すらしい。それが、結婚すると、程よく中和された感じがするようで、声のかけやすい存在に変わるらしい。ウーム。

独身男性が不気味な生物だと表現されているが、それは私も感じたことがある。

数年前の秋に一人で山梨のウイスキーの見学ツアーに参加したときのことだ。

ウイスキーの製造工程を見学し最後に試飲ができるツアーだった。

ガイドさんが製造工程を案内してくれて、最後に食堂のような場所でウイスキーの試飲をした。

ツアーの参加者は、熟年夫婦、カップルが多かったが、私のように一人で参加している男性や女性もいた。

ツアー自体は孤独を感じることなく楽しめたが、最後のウイスキーの試飲をする時には独特の孤独感を味わった。

参加者同士で向かい合って席に座る。

私の席の近くには、熟年夫婦が二組、対面と隣にそれぞれ隣り合って座っていた。

夫婦同士はもちろん初対面だが、おばさん同士が何やら雑談をし始めた。

会話の内容は詳しく覚えていないが、「何処から来たのか?」といった当たり障りのない会話だった。

途中で話が途切れた際に、一人のおばさんが私の顔を見た。

おばさんの顔から何やら不審(不気味な)なものを見てしまったという表情が読み取れた。

そして、話しかけられることはなかった。

私はなんとも言えない孤独感を味わい、嫌な気持ちになりながらツアー会場を後にした。

その時はこう思った。

一人でウイスキーツアーに参加することの何が悪いのだろうか、と。

同時に次からツアーに一人で参加するのはやめようと思った。

日本では旅行やツアーなどのイベントはパートナーと楽しむべきであることを悟った日だった。

凶悪犯罪を犯した人間の言葉を聞くと、強い「孤独」を感じる。たとえ重大犯罪であっても、残虐な行為であっても、それで自分に「視線」を取り戻せるなら、という歪んだ動機を感じる。歪んでいるかもしれないけれど、やはり孤独であり、視線への渇望がそこにあるように思う。

孤独が犯罪に変わる。

そう考えたことはなかったが、あるいは真実かもしれない。

視線への渇望。

人は視線が欲しいものなのかもしれない。

小さい子供がそうであるように、親や他人から相手にしてもらいたいという欲望は、大人になってからも何処かで持ち続けている生き物なのか。

おわり。