「日本史は逆から学べ 江戸・戦国編」、読んでみた

「日本史は逆から学べ 江戸・戦国編」、河合敦、光文社知恵の森文庫、2020年2月発行。

メモ

  • 8代将軍徳川吉宗は上げ米の制(大名から1万石につき100石を献上させた)を実施し30年近くにわたって享保の改革を成功させ幕府の財政再建に成功した。
  • 5代将軍徳川綱吉は生類憐みの令を出して、犬を虐待したものには罰則を与えた。町中に犬が溢れたため、犬屋敷を作って犬を保護した。犬のエサ代は70億円とも言われ、幕府の財政を圧迫し庶民を苦しめたと言われる。
  • 徳川幕府は大名に参勤交代(江戸に妻子を済ませ地方と江戸を1年ごとに往復させた)を命じた。参勤交代は御恩と奉公を確認する儀式である。将軍は大名に領地を分け与えて御恩を与えた。大名はその御恩に報いるために命を捨てて戦う。しかし江戸時代では戦争がなかったので、参勤交代で江戸に挨拶をすることで奉公をしたと言われている。
  • 初代将軍徳川家康は2年で将軍職を息子の秀忠に譲った。その後家康は駿府城に移動し大御所として実権を握り続けた。将軍職を2年で譲渡したのは、徳川家の将軍がこれから続いていくことを世間にアピールする目的であった。
  • 豊臣秀吉は兵農分離政策を制定し身分間の移動ができないようにした。武士と商工業者は都市、農民は農村に住むようになった。江戸時代にもこの政策は踏襲された。
  • 戦国時代に途中するきっかけとなったのが応仁の乱。その一因を作ったのが8代将軍足利義政である。義政は政治家としては有能ではなかったが、京都の東山に銀閣を作り東山文化の発展に大きく貢献した。茶道、水墨画、日本庭園といった伝統芸術の多くがこの時期に確立した。

感想

逆から学べシリーズの第3弾、発行はなんと2020年2月。最近である。

260年に渡って江戸時代を統一した徳川幕府と信長・秀吉の時代を遡って学習できる。

江戸時代の特徴は飢饉が多く発生したことだ。天保の飢饉や享保の飢饉などで米が不足して農民は苦しみ一揆を起こした。その度に幕府は改革を行い財政再建を行ってきた。

老中水野忠邦は貨幣の鋳造を行い、貨幣に含まれる金の割合を減らして財政を再建させたと言われている。

吉宗は上げ米の制を行い、大名から米を献上させて幕府の財政を再建させた。

当時は米が貨幣と同等の価値を持っていたのだ。

秀吉は太閤検地を行い、土地の査定を行い米の収穫量を計算した。これを石高とした。年貢は2公1民として、2/3の収穫量を幕府に納めるようにした。

8割が農民であった時代、米を納めさせるにはどうしたら良いか、幕府はずっと考えていたに違いない。

秀吉の兵農分離政策によって、武士と町人は年に住み、農民は農村に住んでいたのだから、明確な区別があったと思われる。

生まれた時点で階級が決定してしまう江戸時代の人達は何を生き甲斐にしていたのだろうか。

米を作り続ける農民。御恩と奉公のため、命をかけて将軍を守る大名などの武士。

とはいえ、江戸時代に戦争は無かったので武士の家庭に生まれた子供はさぞ幸せだっただろう。