ジャガイモの世界史 歴史を動かした「貧者のパン」、伊藤章治、中央公論新書、2010年4月発行。
概要
ジャガイモはペルーとボリビアに跨るティティカカ湖で生まれた。アンデス山脈の中央部、標高なんと3812m。富士山よりも高所で旅行者の多くが高山病や頭痛に苦しめられる。面積は約８１００平方キロで琵琶湖の約１２倍の大きさである。平均標高４０００mを超えるアンデスの村では乾燥イモ・チューニョが作られている。夜は氷点下、昼は十数度と言う激しい環境変化で、イモの水分はほとんど取り除かれ、大きさは1/3程度になる。水分が除去されているため10年近くも保存できる。
クスコを首都とするインカ帝国は１５世紀〜１６世紀はじめに栄えたが、1533年にスペインによって滅ぼされた。インカとは王を指す言葉で王を頂点に、貴族、農民のピラミッド組織を作った。王の専制政治を支えたのが黄金である。川から金が集められ、山で銀河採掘されたため、王を非常に多くの富を持つことができた。インカ文明の石工技術は精緻を極めており、世界遺産マチュ・ピチュにその技術力が反映されている。
インカ帝国は１６世紀はじめに黄金を求めて攻め込んできたスペインに征服される。スペインの征服者ピサロはインカ帝王アタワルパを人質に取ることに成功、身代金交渉を行い、大量の黄金を手に入れる。その後、約束を反故にしてアタワルパを処刑、インカ帝国は滅亡した。ピサロの手に入れた金銀はスペインに送られたが、インフレを招いただけであった。同時に持ち帰られたジャガイモは旧大陸ヨーロッパの戦乱や飢饉において、民を救うことになる。
ジャガイモが旧大陸にもたらされ各地に広がる１７〜１８世紀は、ヨーロッパは戦争まみれの時代。さらに小氷期と呼ばれる寒い時代でもあり飢饉が頻発した。30年戦争は最大の宗教戦争と呼ばれ、カトリック側にスペイン、プロテスタント側にデンマーク、スウェーデン、フランスが加わって出兵した。戦場になったドイツでは人口が半分に減った。
アイルランドにあるアラン諸島のイニシュモア島。岩盤と石だけで作られたため石の島と呼ばれる。アイルランドでは年間200日は雨が降る。１６世紀以降、この島の畑で栽培されるようになったのがジャガイモである。
英国人（プロテスタント）によるアイルランド人（カトリック）の弾圧は熾烈であった。アイルランドを過酷に支配したのがオリヴァー・クロムウェルだ。２万人の精鋭を率いて攻めに入ったクロムウェルはカトリック教徒であるアイルランド人を大虐殺し、農地もほとんどが没収され、アイルランド人は英国人地主の小作人に転落した。
小作人となったアイルランド農民は、農地の2/3に小麦を植え収穫を英国人地主に納めた。残りの1/3の劣悪な条件の土地にジャガイモを植え、主食とした。貧者のパンの役割を担ったのである。ジャガイモはほとんど手入れしなくても生産されるため「怠け者のベッド」と呼ばれた。
1845年〜1847年、ジャガイモ疫病がアイルランドを襲う。ジャガイモの収穫が皆無となる中、人はこぞって米国に海外移住、残された人たちはペットや人肉を食べていた。この大飢饉によって、アイルランドから２５０万人がいなくなったとされる。
1850年頃、パトリック・ケネディはジャガイモ飢饉で疲弊したアイルランドから渡米、米国におけるケネディ家の１代目となる。後に初のカトリック系大統領となったJ・F・ケネディはパトリック・ケネディの曽孫である（ケネディ家の４代目）。アイルランド出身のカトリックであるJ・F・ケネディは、選挙でイタリア系移民やアングロ・サクソン系のプロテスタントから票を集めるのが難題だったが、教会と政治の分離を訴え支持を得た。大統領のなったケネディはソ連のフルシチョフと渡り合い、米ソ和解を実現した。
感想
電子書籍を購入しキンドルで読んでみた。
ジャガイモを通じて１５世紀頃からの世界の歴史を1冊の本にしているため、内容はものすごく濃い。
インカ帝国、スペイン人の征服、アイルランド、英国の侵略、アイルランド人の米国移住、と要所要所でジャガイモがきっかけとなり歴史が動いている事がわかる。
標高４０００mのアンデス山脈、ヨーロッパで相次ぐ戦争と小氷期、年間200日雨が降るアイルランド、日本人捕虜が働いていた極寒シベリア、熾烈な環境でもジャガイモは逞しく育ち人々の生活を支えてきた。
乾燥芋チューニョがそうであるように、水分を抜く事で10年近く保存できる食べ物はそうそう無いだろう。
ジャガイモ飢饉が起きてアイルランド人が新大陸アメリカへ海外移住したことから、ジャガイモがどれほど大事な食料であったのかが分かる。
ジャガイモの歴史を追う事で世界の歴史を学べる本書はとても価値がある。
