「コンテナ物語」読んでみた

「コンテナ物語」、マルク・レビンソン、読んでみました。

概要

コンテナが登場する前までは、沖仲仕が荷役(荷物の積み込みや積み下ろし)を行なっていた。両湾での沖仲仕の人件費があまりにも高いため、当時荷物を海運で輸送しようとする人は少なかった。沖仲仕は湾岸エリアに住んでおり、親、子供、孫まで沖仲仕という家庭が多かった。ブルーカラーではあるが割りの良い仕事で、タフであるが人の言うことは聞かない気質の人が多かった。湾岸エリアでは沖仲仕の家族が多かったため、辺り一帯で独自の文化を形成していたようだ。

1950年、トラック運転手マクリーンの考案したコンテナ革命によって、物流コストは一気に下がる。何から何まで同じサイズのコンテナ、箱に入れて輸送することで、湾岸労働者である沖仲仕の荷役作業が必要なくなったからだ。代わりにコンテナを運ぶクレーンが港や船に設置され、沖仲仕の作業よりもはるかに高速かつ低コストでコンテナを船からシャーシ(トラックに連結させる車体)に積むことができるようになった。

クレーンによって沖仲仕の仕事が減らされると知り黙っていないのが労働組合だった。国際湾岸倉庫労働者組合(ILWU)は労使協定「機械化・近代化協定」を結び、労働者の退職金や年金、所得保障を勝ち取る。ケネディ大統領は機械が人間の雇用にとって変わる時、雇用問題を維持するのは重要な問題だと述べている。

港はコンテナの登場によって拡張戦争を繰り広げるようになる。従来の港の価値は大きな製造業が近くに立地しているかで決まっていたが、物流が生産と消費を結ぶ1つの独立した産業と考えられるようになると市内の産業と港の距離は問題にならなくなった。シアトルはアジアとアメリカを結ぶ重要な港として有名になる。

1970年になると石油ショックが発生する。第4次中東戦争の影響で原油価格は跳ね上がったことで海上貨物量は減り、旧ソ連のコンテナ船の参入により価格競争はより一層激しくなった。海運同盟は74年から76年にかけて600回も運賃の引き下げを行なった。60年代後半に作られた船は、スエズ運河が閉鎖されていたため喜望峰周りで回る必要があり燃費が悪い高速船であった。70年代半ばになると燃料コストが4倍にもなりスエズ運河が再開されたため、燃費の悪い高速船を使う必要は無くなった。マクリーンが反対を受けながらも強引に建造した超高速船SL7も大打撃を受け、マクリーンは取締役会から身を引くことになる。

コンテナによる輸送革命によってグローバルサプライチェーンが可能になり、世界の工場で協力して製品が作られるようになった。例えば、バービィ人形の髪の毛は日本製、ボディの樹脂は台湾製、染料はアメリカ製、木綿の服が中国製で、組み立ては中国の工場で行うことが可能になったのである。従来の垂直統合型の生産では、自社の鉱山や油田から材料を採掘し、自社のトラックで運び、自社の工場で加工・生産するのが一般的だったが、輸送革命によって物流コストが下がり全てを自社で賄う必要がなくなった。

グルーバルサプライチェーンによって、トヨタのジャストインタイム方式が注目された。トヨタは自社での部品製造をやめて在庫を持たないようにし、高品質を確保するために社外の部品メーカーと長期契約を結んだ。通常工場などで作った在庫を保管するのには在庫コストがかかるが、ジャストインタイム方式ではトヨタが必要な時に必要なだけ生産し、限られた時間内にラインに届けられる。コンテナとコンピュータシステムによって、荷物が「いつ着くか」が正確に計算されるようになり実現した方式である。この方式はアメリカの多くの製造業で取り入れられた。

感想

400ページあるボリューム満点の本。

英訳本なので少し読みにくい上にページ数が多いので、全部読むと時間がかかりました。

冬休みのほとんどの時間はこの本を読んでいました。

トラック運転手マクリーンによる壮大な輸送改革はいかがでしたでしょうか。

 

マクリーンは世界初のコンテナサービスであるシーランドを開始しました。

シーランドは瞬く間に成功し、ベトナム戦争への物資輸送、プエルトリコへの輸送を勝ち取ります。

コンテナを使って莫大な利益をもたらしましたが、マクリーンはそれだけで満足はしませんでした。

タバコ会社レイノルズにシーランドを売却。

レイノルズの後押しを受けたマクリーンは33ノット(シーランドの従来のコンテナ船の2倍の速度)の超高速船SL7の建造に着手します。

SL7によってコンテナ輸送の効率化が予想されましたが、皮肉にも石油ショックによる原油高で燃費の悪いSL7の採算が取れなくなり売却されてしまいます。

マクリーンもこれを機に取締役会から身を引きます。

 

コンテナとクレーンによって沖仲仕の仕事は無くなりましたが、今後AIの発達によって同じようなことが起きるのではないかと予想しています。

AIが工場のラインの仕事を人間に変わってやるようになれば、労働組合は労使協定を結ぶように会社に呼びかけるのではないでしょうか。

港湾労働者組合がしたように、組合は労働者の所得保障を要求するでしょう。

近年RPAなどのロボット効率化が叫ばれていますが最近になって機械化が進んだわけでなく、今から70年も前の1950年には機械が人間の仕事を取って変わるという事象は起きていたのです。

歴史は繰り返すという言葉があるように、今後工場や介護の仕事は機械によって置き換わり、その度にケネディ大統領が心配していた雇用の問題が出てきます。

雇用の問題や技術革新による新しいルール作りをめぐり、政府、会社、労働者、労働組合、規格団体が、四苦八苦しながら頭を悩ますことでしょう。

歴史を学ぶことは未来を作ることでもあります。

今後世界で技術革命や経済発展が進む中で、コンテナ物語の歴史を学ぶことは有益になるに間違いありません。

ABOUTこの記事をかいた人

のっくん

のっくん。理系院卒で大企業に就職。趣味は、読書、プログラミング、英会話、筋トレ、旅行。 Twitter:@yamagablog