早わかり日本史

早わかり日本史、河合敦、日本実業出版社、2008年10月発行。

付箋数:12

満足度:★★★★

文字だけでなく図を用いてビジュアル的にもわかりやすく解説されている。

人は左脳と右脳で理解すると言われている。

文字と図があることで理解が進む。

日本史を学び直そうと思う人が最初に読む本としてオススメできる。

邪馬台国の場所

魏志倭人伝には邪馬台大国の場所が曖昧に表記されているため、正確な場所は未だ分かっていない。

大和政権と言われるくらいだから大和(奈良県)にあった説と九州にあった説が物議を醸している。

さらに、ハワイ説やムー大陸説など、そもそも日本列島ではない説も登場していて面白い。

仏教が日本にやってきたのはいつ?

仏教が日本にやってきたのは538年と言われている。

インドで生まれた仏教は67年に中国に伝来、384年に朝鮮半島の百済へ伝わったとされる。

仏教を受け入れることは、大和朝廷を中央集権律令国家にすることを意味していた。

荘園

743年、墾田永年私財法によって土地が私物化されると、土地の開発に乗り出したのは有力貴族や寺社であった。

彼らによって開拓された土地を初期荘園と呼ぶ。

10世紀以降、寄進地系荘園と言うのが流行った。

土地を寄進するとはどう言う意味だろうか。

寺院や神社などに土地や金銭、財物を寄付することである。

開発領主と呼ばれる有力農民は農民や下人に土地を開拓させ、それを有力貴族や寺社に寄付したのだ。

実際に耕作するのは農民だが、開発領主、有力貴族、皇族のように中間搾取層が存在した。

やがて有力農民は武装して武士となる。

鎌倉・室町時代の武士政権では、御家人となることで土地の所有を保証された。

この荘園制度は、豊臣秀吉が一地一作人(1つの土地を1人の農民に割り当てる)を発令するまで持続された。

つまり、荘園制度は743年から安土桃山時代(1590年ごろ)まで、800年以上も続いたのである。

荘園制度を見ていると現代のIT業界のヒエラルキー構造が思い浮かぶ。

大手ITベンダーから発注を受けて働く中小SES企業の人たちは奴隷と呼ばれているが、荘園の農民と同じようなものである。

開発領主や貴族が中間搾取を行うように、大手ITベンダーなどが中間搾取を行うヒエラルキー構造は昔も今も変わっていない。

摂関政治

平安時代になると摂関政治が登場する。

摂関政治とは、天皇の外祖父(母親の父親)が摂政や関白の座について政務を代行する。

摂政や関白になるには、娘がいて男の孫が生まれることが条件となった。運が必要なのである。

運が良かった藤原道長は娘三人を天皇に嫁がせ約30年もの間権力者となった。

道長は「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることもなしと思へば」と言う有名な歌を詠んだ。

この世は自分のもので満月のように何も欠けているものはない、と満足していた。